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2014'04.26 (Sat)

直腸がん顛末記06

2014年3月25日(手術翌日)

主治医が朝の回診で、今日から動いて下さいね~♪と言い捨てて去って行った。
…ので、仕方なくゴロンゴロンしてみる。

昨日の今日だから動くと痛てーやね。

それでも腸閉塞とか言われるとイヤだから、時々思い出したようにイテテテゴロンゴロン。

この時点では鼻の管&酸素マスク、背中の硬膜外麻酔に腕には点滴と血圧計、お腹の傷にもポンプ付いてて、あと尿管もあるし足にはフットマッサージ…なので動くと言っても限界がありますた。

点滴は朝方抗生剤が1本、あとは栄養剤が4本。もちろん絶飲食です。



2014年3月26日(手術2日目)

朝の回診で主治医に「淡は出ますか?」と聞かれ、淡って何ですかと言いそうになり慌てて「出ません。」と答える。
(それぐらい、ほとんど淡が出なかった)
そしたら鼻の管と酸素マスクとフットマッサージと血圧計が抜けた。

この日も朝から時々ゴロンゴロン。
順調だったらしいんだけど、午後から何となくお腹の傷のあたりが熱持って来て、何かあったかいな~というレベルから、ヤバいんじゃないかってくらい熱くなり、硬膜外麻酔入っててもかなり痛くなって来たので看護士さんに報告。
夕方前の検温で38.6℃行ったので5時ごろ主治医の先生が来てくれて、朝の抗生剤もう1本と、栄養剤も1本追加で点滴。
たぶん手術後の反応熱ってやつだったと思う。
この夜は一晩じゅう痛くて、麻酔の追加をしてもらいました。



2014年3月27日(手術3日目)

前夜の一件では、このままずっと痛いのかな~と不安に襲われた裕華でありましたが、朝になると傷みはほとんどなくなり熱も37度台前半に下がってました。
この日も時々ゴロンゴロン。
そしてこの日初めて、ベッドに座りました。
座るまでの動作は痛いけど、座っちゃえば痛くない。

夕方またお腹のあたりがあったかくなって熱も出たけど、この日は朝の抗生剤の点滴を夕方に移してくれたので、それが済んだら落ち着きました。
その後傷が熱持ったり、発熱することはなくなった。



2014年3月28日(手術4日目)

この日は朝から起き上がってベッドに座り、自分で歯も磨けた。
主治医から水を飲む許可も出ました。
とりあえず500mlまで。
でも点滴してるからあんまり喉乾かなくて100くらいしか飲まなかった。

午後、座って雑誌読んでたら妹が姪っ子連れて見舞いに来てくれて、ちょうど両親も来てたんだけど、もうベッドに座ってるのかと姪っ子がビックリ。
調子に乗ってちょっとそこまで歩いてみようってコトで、廊下に出て10メートルくらい往復。
術後初めて歩きました。
その後は日中ほとんど、ベッドに座って過ごすようになります。

夕方の回診で主治医から、術後の経過が順調であることが知らされたところで、顛末記第6回はおしまい。
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タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 術後 経過

13:55  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'04.22 (Tue)

直腸がん顛末記05

allen0057.jpg
オリキャラ、アレンとキリアン(入院中描いてた色鉛筆画)


2014年3月24日(手術日)

前の日は体毛などを剃られ、おへそのゴマなどもキレイにしてもらって、夜には導眠剤もらいました。
(ちゃんと寝て体調万全にした方がよいとのことで…)
手術は午後からだったのですが、朝から絶食状態で点滴が来た。
予定時間の30分くらい前に呼ばれて手術着に着替え、ストレッチャーで運ばれます。
手術室が何やらヘンな場所(?)にあるらしくてストレッチャー乗せられたままかなりのスピードで何度か急カーブ切ってグルグル。
スタトレ映画の、20世紀の病院でチェコフが運ばれるシーンにクリソツだったからウケそうでヤバかった…(^^ゞ。
(スタトレ映画「故郷への長い道」参照)

ストレッチャーから手術台に移され、先ずは肩に局部麻酔の注射打たれて、脊髄に硬膜外麻酔の管が入り、鼻からも管が入れられて酸素マスク。
その後「麻酔入りまーす」の声。

直後に「裕華さ~ん」と呼ばれたと思ったので目を開けて、
「いつから始まるんですか?」
と聞いたつもりが声がうまく出ない。その上、
「もう終わりましたよ~」
との答えが。

えっ、終ワリ?? 帰ってイイ??
…と、どこまでもチェコフ状態の裕華。
(トレッカにしか分からんネタでスンマセン…(^_^;))

その後ストレッチャーで今までの5人部屋でなく個室に移され、主治医が来て、
「裕華さん、予定通りに終わりましたよ。痛いですか?」
と聞かれたので、
「いいえゼンゼン」
と正直に答えてしまい、主治医にちょっと引かれたような気が…(^^ゞ。
どうも麻酔がよく効いちゃうタイプらしくて、その後もほとんど痛みに悩まされることはありませんでした。
まぁお腹切ってるんだから動けば当然痛いけど、じっとしてる分にはほとんど傷みはなかったです。

何しろ何が不安って、よっぽど痛いんだろうと思っていたので正直拍子抜けしたくらい。
とにかくその日は深呼吸することと、淡を飲み込まないようにしろとと言われたのを思い出して頑張ってみたのですが…。
実はほとんど淡も出なくて、これもちょっとした拍子抜けでありました…(^^ゞ。

…ってなところで顛末記第5回はおしまい。

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タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 手術日

20:28  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'04.22 (Tue)

直腸がん顛末記04

2014年3月15日~19日

貧血治療が終わって点滴の管も抜けたので、手術前の検査がいくつか入りました。
順番忘れちゃったので順不同ですが、心電図や肺のレントゲンとCT、お腹(肝臓)のCT、胃カメラや肺活量検査、血の止まる時間を計る検査等があり。
最後に主治医の先生から、腸の状態をちゃんと見たいってコトで再びの大腸内視鏡検査が…(^_^;)。
腸管洗浄薬(モビレップ)がすっかりトラウマなってたので、1リットルちょっと飲んだところで半分くらい吐いてしまい、結局浣腸なりますた…(*_*;
でもおかげで今回は大腸の奥まで見てもらえて、直腸以外には問題ないことがハッキリして一安心。
ちなみに胃カメラも問題ナシだった。


2014年3月20日~23日

で、3月20日木曜に再び両親ともに主治医に呼ばれ、手術について詳しい説明を受けますた。
先ずは術前検査の結果、他臓器への転移は見られないってコトで大きな安心。
この時、両親の表情も目に見えて明るくなって、良かったな~(^-^)。

それから、前回説明で検討中だった人工肛門について。
肛門から4cmあるってコトで温存の方向で、最終的には開いてから決めるとのことでした。
で、その際、吻合部の状態によっては、一時的な人工肛門を作るかも知れないとのこと。
その他、癌の位置が直腸低位のため、術後の後遺症についての説明もアリ。
直腸全部取っちゃうので便を貯めるところがなくなり、どうしても排便障害(頻便)が出るってコトと、排尿にも障害出るかも知れないこと、男性の場合性機能障害もあることなどなど。
あとは術後1週間は合併症の危険があるので油断できないことなどのお話が。
合併症で一番怖いのが肺炎だそうです。
術後淡が出るらしいんだけど、それを飲み込むと炎症起こしてよくないから、淡は吐き出すように。また、腸の傷は癒着して腸閉塞なり易いから手術翌日から、歩けとは言わないけど寝返りとかで動かすように。
そのために、手術用の麻酔とは別に硬膜外麻酔の管を背中に入れてくれるとのことでした。

何か色々脅かされたので、このあとしばらく不安に襲われる。
何しろ全身麻酔の手術は初めてだから、しょうがないとは思ったけど。
なので翌日から、買ってきてもらってた色鉛筆で日中絵を描いて過ごすようになります。
そのころ主治医が朝の回診で「気分転換して下さいね~」つって去って行ったけど、その時すでにお絵描き始めてて、慌てて隠したコトはカミサマと自分だけの秘密。(^^ゞ

そだそだ。
この頃教会の友人に、大腸がんで急遽入院なって手術するので、イースター礼拝出れないかも知れない旨メールしたら、その日のうちにお見舞い来てくれて、翌日(3月22日土曜)牧師さんが術前のお祈りにいらして下さった!
ちょうど両親がいる時で、本人より心配して不安がってたのでとても慰められたみたい。
我が家は典型的日本人家庭だから、両親ともノンクリなんだけどね~。
とにかく、牧師さんに橋渡しして下さった教会の友には感謝!

…てなコトで顛末記04はおしまい。

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タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 手術前

13:07  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'04.12 (Sat)

直腸がん顛末記03

2014年3月8日~10日

排便状況が落ち着き、溜まってたものがほぼ出払ったと思えますが、しばらく絶食とのことで栄養剤の点滴を1日4本。
3/10からは貧血治療の点滴も加わりました。
確か3/9あたりに治療計画書とかいうのにサイン求められ、直腸癌で術前検査と手術で入院期間1ヵ月と書いてあってびびった。
3/17から新しい仕事の研修が始まる予定だったので、この頃に辞退の電話を入れる。
正直「帰れま10」にハマった感じで、「聞いてねーよ~」というキモチだった…(^_^;)。


3月11日~14日

重湯からですが食事再開。
徐々に点滴の本数が減り、貧血治療薬と栄養剤1本のみに。
担当医から歩き回ってもよい旨の指示が出る。
ヒマなのでスマホで大腸がんについて調べまくり、闘病ブログなども読み漁ったのですが、このころが精神的に一番きつかったかな~。
3月14日(金)に担当医から病状の説明があるとのことだったので、手術不可能と言われたり、余命宣告されたらどうしようってモヤモヤ。
カミサマ裕華にあと5年下さい、って祈ったり眠れない夜もあったけど、最終的にはなるようにしかならんから3/14を待とうという結論に。

3/14(金)夕方に両親も交え、担当医の先生から初めての病状説明。
進行性の大腸(直腸)がんで、かなり大きくなってて(6cmくらい)手術で切除予定。
ただし貧血の数値が低かったので、それがある程度まで改善してからってコトで、手術予定日は3月24日月曜日とのこと。
今後の術前検査で、他臓器への転移も調べる。
癌が肛門に近いため、人工肛門については温存と半々の確率で検討中で、手術が近くなったらある程度方向性を決めるとのこと。

転移の心配はあったけど、とにかく手術可能と聞いて目の前が開けた感じ。
それまで色々調べて、手術で切除できればほとんどの大腸がんが治るって分かってきてたので、はっきり希望が見えてきた。
なるようにしかならない、じゃなくて「なるようになる」、ってコトでカミサマに感謝しました。

こんなとこで顛末記第3回はおしまい。

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2014'04.11 (Fri)

直腸がん顛末記02

運命の…
2014年3月6~7日


さてさて、2014年3月6日。
午前9時前に病院到着。
肛門科の先生の診察を受けましたが…。
「痔じゃないよ~、しこりがあるよ、かなりおっきいよ~」
…とのコト。
「やや、やっぱり…!」
予想してたのであまり驚かない、困った患者。(^^ゞ

「明日来られますか?」
と聞かれたので、大丈夫ですと答えたら、4月に予約入れてた大腸内視鏡検査を明日やりましょうと言ってくれた。
結局この先生が担当医となり、手術も執刀して下さったのですが…。
今思うと肛門科の先生で運がよかった。
直腸がんって人工肛門のモンダイも出て来るから。

この日は肛門検査のみで無罪放免。そして運命の…。


2014年3月7日。
この日も朝から病院到着。
一日がかりの検査ってコトで、前日昼から検査食に切り替えてまして、腸管洗浄剤を1リットルと水を2時間くらいかけて飲み…。
ところが…下血は出るけど、なかなか便が出ません。
一緒に洗浄剤飲み始めた人たちは、次々に検査室に消えて行きます。
今思うと、肛門付近の直腸がんがかなり大きくなって出口をふさいでたので、マトモな便がほとんど出なくなってたわけで、洗浄剤を200ml追加されてやっと1回便が出た。
その時点ですでに4時間ぐらい経ってたので、とうとう検査室に呼ばれまして。

鎮静剤の点滴受けながら大腸内視鏡検査…なのですが、便が詰まってて肛門からちょっとしかカメラが入らない。
でもその肛門付近に赤黒い癌が取り巻いちゃってまして、中まで見なくてもかなり大きいし進行癌なのは明白という…。

で、カメラが入らなかったので別の検査に切り替えってコトで「注腸造影検査」ってのを続けて受けるわけですが、この検査がですね~。
肛門ふさがりかかってる状態のところにまた肛門から造影剤を入れてですね、レントゲンを撮るのですが、硬い板の両脇に手すりがあってそれに捕まった状態で、板が動くわけです。
タテになったりヨコになったりグルグル。
これに大腸が刺激されたらしく、検査終了直後から便が出始めて止まらなくなり、トイレに駆け込んで1時間も出ることが出来なくなりました。
看護婦さんたちが心配して声をかけてくれますが、立ち上がるとまた出てしまうので動けない。
腹痛もあったし、しまいには午前中飲んだ腸管洗浄剤を吐いてしまう始末…(^_^;)。

とにかくトイレから出て病室行きましょうってコトで、立ち上がるとマズイので車椅子用意してくれて病室まで移動。
担当医の指示でしばらく安静ってコトで、そのまま入院になっちゃったのです。

この時点で、検査に行ったはずが帰って来ない娘を心配した両親が病院に電話入れてたらしい。
その後担当医から両親に電話があり、病院に泊まらせる旨知らされたそうで夕方6時頃飛んで来ました。
その時点で両親に癌が知らされてたか分からないのですが、自覚症状があってある程度予想してた自分はともかく、両親の方がショックは大きかったような…(^_^;)。

まぁそんなワケで突然入院なったところで顛末記2回目はおしまい。

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タグ : 大腸がん 直腸がん 大腸内視鏡検査 顛末記

21:28  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'04.11 (Fri)

直腸がん顛末記01

2014年2月21日

実はかなり前から下血など自覚症状があり、かなりヤバそうだとは思ってた。
週に一度は37℃~38℃の原因不明の発熱もあったし、眩暈まで行かないけど頭がグルグルすることも何度かあったもので…。
でも非正規雇用の派遣労働者、長期間シフトに穴をあけるには退職しかない。
ちょうど1月いっぱいで仕事が切れ、次の仕事の研修が3月17日からスタートだったので、近くの胃腸専門病院に行ってみた。
大腸検査希望だったけど、混んでて4月まで予約が取れないとのことなので、先ずは血液検査とお腹のエコー検査をやってもらうことになり、それが2014年2月21日のことでした。
結果が出たのが5日後の26日で、鉄剤必要なレベルの貧血がある(下血があったから当然か…)以外は血糖値も正常範囲で他に問題はなく、お腹のエコーに関しても問題ナシで鉄剤もらって帰りました。
ただ、下血の原因が痔かも知れないよってことで、3月6日に肛門科の先生の診察を受けることになりまして、これが運命の分かれ道。

その間2月28日(金)には、大好きな映画「ホビット」第二部の公開初日があり、微熱と貧血で体調悪い中ムリヤリ見に行ったのですが、今考えると無理してでも見に行ってよかったと思う。
ぜひもう一度見て、レゴラスのバスタオルもゲットしたかったけど、数日のうちに入院なっちゃったから、映画館に見に行けただけでも幸運だったよね。

まぁそんなことで顛末記の第1回はおしまい。

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タグ : 大腸がん 直腸がん 貧血 顛末記

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