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2014'11.17 (Mon)

肺に新たな影が…アッチョンブリケ!)^o^(

超久々の更新です。

自分でも、まさか転移がこんなに早いと思っていなかった。

えー、4月10日の退院の後、同月末から抗がん剤飲み始め、当初副作用がそれほどでなかったため、5月から仕事に復帰してます(復帰といっても、3月に研修スタートで4月から勤務の予定だったのが、5月研修、6月から本チャン勤務になったってコトですが…)。

その後6月頃抗がん剤副作用(口内炎、手足症など)が酷くなり、10日くらいお休みもらったりしながらも何とか4クール(休薬期間入れて半年)飲み終えることが出来ました。
これでしばらくは、3か月~半年ごとの経過観察のみと思っていたら、飲み終えた直後、術後半年のCT検査で肺に新たな影が発覚してしまったのです…。

大きさがまだ5mm以下ってコトで育たない可能性もあり、しばらく様子見でよいとのことですが、来る11月28日にCTの再検査があり、大きくなるようなら治療せねばならんとのこと。
基本は切除になると思うので、また手術入院です。
そのCT検査の結果が出るのが12月4日なので、入院するとしたら来年正月休みが終わったあたりと思われますが…。

肺に行ってれば肝臓にも行くので…。
しかも、直腸がんの5年生存率、転移や再発がなければ6~7割あるのですが、転移・再発した場合ステージⅣってコトになり、5年生存率も15~16%に下がっちゃいます。

どうも自分の時間はあまり残されていないのかも知れない、という実感がジワジワ来てます。

とりあえず検査までしばらくあるから、その間だけでもがんのことはなるべく忘れて過ごしたいと思います。

テーマ : 医療・病気・治療 - ジャンル : 心と身体

タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 肺転移

16:22  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'06.08 (Sun)

直腸がん顛末記08

2014年4月1日~退院日(4月10日)

4月1日、術後8日目にしてやっと尿の管が取れ、普通にトイレ出来るようになります。
排泄を司る自律神経も切除したとのことだったので、排尿障害などの後遺症が出る場合があると、大腸がん関連の本にあったので一抹の不安がありましたが、実際トイレに行けば問題なく出るし、失禁などもなく特に不自由は感じませんでした。
排泄に関してはどこでコントロールされてるのかよく分からないところがあるようで、自律神経取ったから機能しないということでもないみたい。

…で、肝心の排泄障害
本格的に食事が始まって2~3日は警戒してしまいあまり食べられませんでしたが、イビキ酷かった人が退院したりで状況が改善され、朝食からしっかり食べられるようになってしまいました。
食べ始めると確かに排便回数は多いのですが、思った量ではありません。
小指の先くらいの小さいのが日に何度も出る感じです。
量が少ないし便が固いので、主治医の先生に相談して、手術前に飲んでいた便を柔らかくする薬を処方してもらいます。
するとちょうどいい軟らかさになってきました。
量は相変わらず少なめです。
そう言えば排便障害って、何度もトイレ行くって聞いてたから下痢みたいな感じに想像していましたが、実際には便秘の方向に出る人もいるらしく、自分はこっちのタイプだったみたいで、とにかく思ったより回数も少ないし失禁もなく、排便で慌てたことは退院後も含め全くありません。
それにはもちろん食事も関係してまして、術後でまだ傷もあり腸の働きが不安定なうちは、低残澌食といって、海藻やキノコ類やゴボウ、生野菜など消化が悪かったり食物繊維の多い食品は出て来ません。
タンパク質は必ず出ますが、肉類も鶏の挽肉やささみが主で、あとは豆腐とか魚や卵のおかずがメイン。
肉嫌いでステーキ食べられない裕華には天国みたいな食事です。
ご参考までに、病院で出た低残澌食の画像を載せておきます。

byouinsyoku01.jpg
ある日の朝食
付け合せの野菜は、サラダ菜と缶詰のアスパラ。
グリーンアスパラは退院まで一度も出てません。
デザートは同じく缶詰のアプリコットです。

byouinsyoku02.jpg
ある日の昼食
メインのおかずは鶏挽肉の肉団子。
左上の白いのはマッシュポテトです。
みそ汁の具もネギとかワカメとかは入ってません。

byouinsyoku03.jpg
ある日の夕食
メインのおかずは、大好きな鮭のムニエル。
左上は玉子豆腐です。
そういえばこの画像では牛乳しか出てないけど、毎日必ずヨーグルトとかヤクルトがついて来ました。


さてさて、退院する3日前くらいに、10年近くずっと音信不通だった下の弟が見舞いに来てくれるというハプニングもありましたっけ。
どうやら父から連絡が行ったみたいで。
でも気持ちがなければ見舞いにまでは来ないはずだから、うれしかったなぁ。
ちょうど母もいた時だったので、会えてとっても喜んでた。
怪我の功名とまで言われてしまいますた。(^^ゞ
去年引っ越したとのことで、新しい住所も置いて行ってくれた。

で、弟が来てくれた翌日だったと思うけど、4月8日に主治医の先生と両親も交え退院の時期について相談。
そのとき先生から、術後経過が予想以上に良いというお話が改めてあり、両親も安心してくれたみたいです。

退院は4月10日午後と決定。
同じ日に同室のおばあさんも退院決まって、2人で喜びました。

とりあえず退院まで来ましたが、何となくうろ覚えで書いてるので新たに何か思い出すかも知れないのと、この後4月末から抗がん剤の治療も始まったのでこのブログも更新継続します。

…てなところで直腸がん顛末記第8回は終わります。


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タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 経過 術後

15:04  |  顛末記  |  TB(0)  |  CM(0)  |  EDIT  |  Top↑

2014'05.03 (Sat)

直腸がん顛末記07

気が付けば術後1か月をとうに過ぎ、何やら記憶も怪しくなり始めてるのでヤバい…(^_^.)。


2014年3月29日(術後5日目)

この日もほぼ一日、ベッドに座って過ごす。
午前中母が見舞いに来た時、ちょっと歩こうと言われ、一緒に病院の廊下をお散歩。
往復で50mくらいは歩いたかな?

この日あたりから、水をかなり飲むようになった。
300~400mlくらい。
あとはテレビも楽しめるようになる。

そうそう、この日は牧師さんがまたお祈りに来て下さって、ビックラしたよ。
牧師さんは元銀行員だそうで、ホントにまじめな人なんだな~と思った。

あと…そうだ、この日はフィギュアの世界選手権見たんだ!
女子シングルのフリー。
浅田真央ちゃんや鈴木明子選手の演技が見れてうれしかった。



2014年3月30日(術後6日目)

この日から食事が出たよ。
といっても流動食からで、重湯とポタージュみたいなの。
初日だったから半分くらいしか食べれ(飲め)なかったけど、おいしかった。
この日も午前中、母と病院の廊下を散歩。
そうそう、食事が始まったのはいいんだけど、後遺症の排便障害のことが心配だったりしたっけ。
食べれば出るからねぇ…(・_・)。
で、実はまだ尿管が抜けてなかったんだけど、膀胱の機能を確認するためってコトで、この日から尿の管を途中でクリップ止めして、おしっこを膀胱にためる練習始まる。
これまでは、尿管の先にビニールバックがついてて、それがいっぱいなると看護師さんが捨てに行ってくれてたけど、2時間おきにクリップを外してどのくらいたまるか確認するとのこと。

そだそだ、午後妹がお見舞い来てくれたんだけど、その時丁度、看護師さんが検温とかに来てて、月曜に硬膜外麻酔の管外しますって話になった。
実はポンプの中の麻酔液が前の日からなくなってたけど補充しなかったんだって!
こっちはそんなこと知らんから麻酔が効いてるものと思って、午前中歩き回ってたよ~(^^ゞ。
その話を聞いて妹ビックリ、痛みがないことに安心してくれたみたい。



2014年3月31日(術後7日目)

この日、朝の回診で主治医が硬膜外麻酔の管外してくれた後、午後には個室から一般病棟に戻りますた。
食事も重湯だけでなく、固形物のおかずも出るようになった。
軟らかく煮た肉じゃが。肉は鶏のひき肉だったけど。
後遺症の排便障害が心配で、あんまり食欲でなかった…。

いや、実は他にも理由があったんだけどね。
5人部屋でほぼ満員だったんだけど、夜中にいびきの凄い人がいてほとんど寝られない。
で、朝方やっと眠れても1時間とかだから、朝ご飯ほとんど食べれない日がしばらく続きますた…(^_^.)。

…てなところで直腸がん顛末記第7回はおしまい。

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2014'04.26 (Sat)

直腸がん顛末記06

2014年3月25日(手術翌日)

主治医が朝の回診で、今日から動いて下さいね~♪と言い捨てて去って行った。
…ので、仕方なくゴロンゴロンしてみる。

昨日の今日だから動くと痛てーやね。

それでも腸閉塞とか言われるとイヤだから、時々思い出したようにイテテテゴロンゴロン。

この時点では鼻の管&酸素マスク、背中の硬膜外麻酔に腕には点滴と血圧計、お腹の傷にもポンプ付いてて、あと尿管もあるし足にはフットマッサージ…なので動くと言っても限界がありますた。

点滴は朝方抗生剤が1本、あとは栄養剤が4本。もちろん絶飲食です。



2014年3月26日(手術2日目)

朝の回診で主治医に「淡は出ますか?」と聞かれ、淡って何ですかと言いそうになり慌てて「出ません。」と答える。
(それぐらい、ほとんど淡が出なかった)
そしたら鼻の管と酸素マスクとフットマッサージと血圧計が抜けた。

この日も朝から時々ゴロンゴロン。
順調だったらしいんだけど、午後から何となくお腹の傷のあたりが熱持って来て、何かあったかいな~というレベルから、ヤバいんじゃないかってくらい熱くなり、硬膜外麻酔入っててもかなり痛くなって来たので看護士さんに報告。
夕方前の検温で38.6℃行ったので5時ごろ主治医の先生が来てくれて、朝の抗生剤もう1本と、栄養剤も1本追加で点滴。
たぶん手術後の反応熱ってやつだったと思う。
この夜は一晩じゅう痛くて、麻酔の追加をしてもらいました。



2014年3月27日(手術3日目)

前夜の一件では、このままずっと痛いのかな~と不安に襲われた裕華でありましたが、朝になると傷みはほとんどなくなり熱も37度台前半に下がってました。
この日も時々ゴロンゴロン。
そしてこの日初めて、ベッドに座りました。
座るまでの動作は痛いけど、座っちゃえば痛くない。

夕方またお腹のあたりがあったかくなって熱も出たけど、この日は朝の抗生剤の点滴を夕方に移してくれたので、それが済んだら落ち着きました。
その後傷が熱持ったり、発熱することはなくなった。



2014年3月28日(手術4日目)

この日は朝から起き上がってベッドに座り、自分で歯も磨けた。
主治医から水を飲む許可も出ました。
とりあえず500mlまで。
でも点滴してるからあんまり喉乾かなくて100くらいしか飲まなかった。

午後、座って雑誌読んでたら妹が姪っ子連れて見舞いに来てくれて、ちょうど両親も来てたんだけど、もうベッドに座ってるのかと姪っ子がビックリ。
調子に乗ってちょっとそこまで歩いてみようってコトで、廊下に出て10メートルくらい往復。
術後初めて歩きました。
その後は日中ほとんど、ベッドに座って過ごすようになります。

夕方の回診で主治医から、術後の経過が順調であることが知らされたところで、顛末記第6回はおしまい。

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タグ : 顛末記 直腸がん 大腸がん 術後 経過

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2014'04.22 (Tue)

直腸がん顛末記05

allen0057.jpg
オリキャラ、アレンとキリアン(入院中描いてた色鉛筆画)


2014年3月24日(手術日)

前の日は体毛などを剃られ、おへそのゴマなどもキレイにしてもらって、夜には導眠剤もらいました。
(ちゃんと寝て体調万全にした方がよいとのことで…)
手術は午後からだったのですが、朝から絶食状態で点滴が来た。
予定時間の30分くらい前に呼ばれて手術着に着替え、ストレッチャーで運ばれます。
手術室が何やらヘンな場所(?)にあるらしくてストレッチャー乗せられたままかなりのスピードで何度か急カーブ切ってグルグル。
スタトレ映画の、20世紀の病院でチェコフが運ばれるシーンにクリソツだったからウケそうでヤバかった…(^^ゞ。
(スタトレ映画「故郷への長い道」参照)

ストレッチャーから手術台に移され、先ずは肩に局部麻酔の注射打たれて、脊髄に硬膜外麻酔の管が入り、鼻からも管が入れられて酸素マスク。
その後「麻酔入りまーす」の声。

直後に「裕華さ~ん」と呼ばれたと思ったので目を開けて、
「いつから始まるんですか?」
と聞いたつもりが声がうまく出ない。その上、
「もう終わりましたよ~」
との答えが。

えっ、終ワリ?? 帰ってイイ??
…と、どこまでもチェコフ状態の裕華。
(トレッカにしか分からんネタでスンマセン…(^_^;))

その後ストレッチャーで今までの5人部屋でなく個室に移され、主治医が来て、
「裕華さん、予定通りに終わりましたよ。痛いですか?」
と聞かれたので、
「いいえゼンゼン」
と正直に答えてしまい、主治医にちょっと引かれたような気が…(^^ゞ。
どうも麻酔がよく効いちゃうタイプらしくて、その後もほとんど痛みに悩まされることはありませんでした。
まぁお腹切ってるんだから動けば当然痛いけど、じっとしてる分にはほとんど傷みはなかったです。

何しろ何が不安って、よっぽど痛いんだろうと思っていたので正直拍子抜けしたくらい。
とにかくその日は深呼吸することと、淡を飲み込まないようにしろとと言われたのを思い出して頑張ってみたのですが…。
実はほとんど淡も出なくて、これもちょっとした拍子抜けでありました…(^^ゞ。

…ってなところで顛末記第5回はおしまい。

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2014'04.22 (Tue)

直腸がん顛末記04

2014年3月15日~19日

貧血治療が終わって点滴の管も抜けたので、手術前の検査がいくつか入りました。
順番忘れちゃったので順不同ですが、心電図や肺のレントゲンとCT、お腹(肝臓)のCT、胃カメラや肺活量検査、血の止まる時間を計る検査等があり。
最後に主治医の先生から、腸の状態をちゃんと見たいってコトで再びの大腸内視鏡検査が…(^_^;)。
腸管洗浄薬(モビレップ)がすっかりトラウマなってたので、1リットルちょっと飲んだところで半分くらい吐いてしまい、結局浣腸なりますた…(*_*;
でもおかげで今回は大腸の奥まで見てもらえて、直腸以外には問題ないことがハッキリして一安心。
ちなみに胃カメラも問題ナシだった。


2014年3月20日~23日

で、3月20日木曜に再び両親ともに主治医に呼ばれ、手術について詳しい説明を受けますた。
先ずは術前検査の結果、他臓器への転移は見られないってコトで大きな安心。
この時、両親の表情も目に見えて明るくなって、良かったな~(^-^)。

それから、前回説明で検討中だった人工肛門について。
肛門から4cmあるってコトで温存の方向で、最終的には開いてから決めるとのことでした。
で、その際、吻合部の状態によっては、一時的な人工肛門を作るかも知れないとのこと。
その他、癌の位置が直腸低位のため、術後の後遺症についての説明もアリ。
直腸全部取っちゃうので便を貯めるところがなくなり、どうしても排便障害(頻便)が出るってコトと、排尿にも障害出るかも知れないこと、男性の場合性機能障害もあることなどなど。
あとは術後1週間は合併症の危険があるので油断できないことなどのお話が。
合併症で一番怖いのが肺炎だそうです。
術後淡が出るらしいんだけど、それを飲み込むと炎症起こしてよくないから、淡は吐き出すように。また、腸の傷は癒着して腸閉塞なり易いから手術翌日から、歩けとは言わないけど寝返りとかで動かすように。
そのために、手術用の麻酔とは別に硬膜外麻酔の管を背中に入れてくれるとのことでした。

何か色々脅かされたので、このあとしばらく不安に襲われる。
何しろ全身麻酔の手術は初めてだから、しょうがないとは思ったけど。
なので翌日から、買ってきてもらってた色鉛筆で日中絵を描いて過ごすようになります。
そのころ主治医が朝の回診で「気分転換して下さいね~」つって去って行ったけど、その時すでにお絵描き始めてて、慌てて隠したコトはカミサマと自分だけの秘密。(^^ゞ

そだそだ。
この頃教会の友人に、大腸がんで急遽入院なって手術するので、イースター礼拝出れないかも知れない旨メールしたら、その日のうちにお見舞い来てくれて、翌日(3月22日土曜)牧師さんが術前のお祈りにいらして下さった!
ちょうど両親がいる時で、本人より心配して不安がってたのでとても慰められたみたい。
我が家は典型的日本人家庭だから、両親ともノンクリなんだけどね~。
とにかく、牧師さんに橋渡しして下さった教会の友には感謝!

…てなコトで顛末記04はおしまい。

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2014'04.12 (Sat)

直腸がん顛末記03

2014年3月8日~10日

排便状況が落ち着き、溜まってたものがほぼ出払ったと思えますが、しばらく絶食とのことで栄養剤の点滴を1日4本。
3/10からは貧血治療の点滴も加わりました。
確か3/9あたりに治療計画書とかいうのにサイン求められ、直腸癌で術前検査と手術で入院期間1ヵ月と書いてあってびびった。
3/17から新しい仕事の研修が始まる予定だったので、この頃に辞退の電話を入れる。
正直「帰れま10」にハマった感じで、「聞いてねーよ~」というキモチだった…(^_^;)。


3月11日~14日

重湯からですが食事再開。
徐々に点滴の本数が減り、貧血治療薬と栄養剤1本のみに。
担当医から歩き回ってもよい旨の指示が出る。
ヒマなのでスマホで大腸がんについて調べまくり、闘病ブログなども読み漁ったのですが、このころが精神的に一番きつかったかな~。
3月14日(金)に担当医から病状の説明があるとのことだったので、手術不可能と言われたり、余命宣告されたらどうしようってモヤモヤ。
カミサマ裕華にあと5年下さい、って祈ったり眠れない夜もあったけど、最終的にはなるようにしかならんから3/14を待とうという結論に。

3/14(金)夕方に両親も交え、担当医の先生から初めての病状説明。
進行性の大腸(直腸)がんで、かなり大きくなってて(6cmくらい)手術で切除予定。
ただし貧血の数値が低かったので、それがある程度まで改善してからってコトで、手術予定日は3月24日月曜日とのこと。
今後の術前検査で、他臓器への転移も調べる。
癌が肛門に近いため、人工肛門については温存と半々の確率で検討中で、手術が近くなったらある程度方向性を決めるとのこと。

転移の心配はあったけど、とにかく手術可能と聞いて目の前が開けた感じ。
それまで色々調べて、手術で切除できればほとんどの大腸がんが治るって分かってきてたので、はっきり希望が見えてきた。
なるようにしかならない、じゃなくて「なるようになる」、ってコトでカミサマに感謝しました。

こんなとこで顛末記第3回はおしまい。

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